エンジニア転職における「年収バグ」とは?その理由を解説
まず、「年収バグ」とは何かを押さえておきましょう。年収バグとは、ITエンジニアが転職を繰り返すことで、社内昇給よりもはるかに速く年収を上げられる現象を指します。
転職を繰り返すと一般的には「収入が不安定になるのでは」と思われがちですが、IT業界ではむしろ転職回数が多い人ほど年収が高い傾向がデータからも示されています。
厚生労働省の「IT・デジタル人材の労働市場に関する調査」(2023年度)では、IT職で転職した人の半数以上が賃金アップを経験。中でも約37%は2割以上の昇給を実現しています。

出典:厚生労働省「IT・デジタル人材の労働市場に関する研究調査事業」調査報告書令和6年3月
また、同調査では、年齢や性別ごとの傾向も明らかになっており、たとえば転職によって賃金が上昇した人の割合は、男性で54%、女性では70%と、特に女性の上昇率が顕著でした。さらに、若年層ほど年収が上がりやすい傾向にあるものの、40〜54歳でも約6割が転職によって賃金を増加させているという結果が出ています。

出典:厚生労働省「IT・デジタル人材の労働市場に関する研究調査事業」調査報告書令和6年3月
これらの詳細なデータが、IT業界における転職と賃金増加の関係をより具体的に示しています。
この現象があたかもシステムの「バグ」であるかのように揶揄され、「年収バグ」と呼ばれるようになりました。
なぜ転職で年収が上がるのか
では、なぜエンジニアは転職によって収入アップしやすいのでしょうか。その背景には主に以下のような要因があります。
IT人材の需給ギャップ
現在、多くの企業でデジタルトランスフォーメーションが進み、優秀なエンジニアの確保競争が激化しています。
厚生労働省の調査報告書によると、企業のDX推進などを背景として、IT人材の供給は2030年までに最大80万人程度不足すると推計されています。
慢性的なエンジニア不足により、企業は即戦力エンジニアを獲得するためなら高い給与オファーも厭わなくなっています。
特に高度なスキルを持つ人材ほど市場価値が高く、転職時に高年収レンジで迎えられる傾向が強いのです。
社内昇給の限界
一方、同じ会社での昇給には限度があります。日本企業では年功序列や定期昇給が一般的で、飛び抜けた成果でもない限り短期間で大幅な昇給は難しいでしょう。
また社内では現在の給与水準がベースになるため、自分のスキルに見合った評価がされにくい側面もあります。
転職すれば自分の市場価値に応じて給与をリセットできるため、結果的に大きな年収アップにつながりやすいのです。
プロジェクト単位の経験
エンジニアは案件ごとに必要なスキルが異なるため、転職によって担当領域を広げやすく、それが年収アップにもつながります。とくに、上流工程やマネジメント経験を積むと、より高い給与帯での採用が期待できます。
新たな会社でより上流工程や責任あるポジションに就けば、それに伴って給与レンジも上がるケースが見られます。
調査報告書によると、ITスキルレベルが上がるにつれて、業務上要求されるタスク項目も多岐にわたることが示されています。

出典:厚生労働省「IT・デジタル人材の労働市場に関する研究調査事業」調査報告書令和6年3月
また、ITスキルレベル5以上では、戦略・企画/評価やプロジェクトマネジメントといったより高度なタスクが要求される傾向にあります。
このような経験を積んだエンジニアが、より責任のあるポジションへ転職することで、収入アップを実現するケースが多いと考えられます。

出典:厚生労働省「IT・デジタル人材の労働市場に関する研究調査事業」調査報告書令和6年3月
さらに、人材不足が深刻なIT・デジタル職種として、「プロジェクトマネージャ」や「ソフトウェア開発スペシャリスト」が従業員規模や業種を問わず挙げられています。
これらの職種への転職は、高い需要を背景に、年収アップの可能性を高める可能性があります。
このような要因が重なり、エンジニア界隈では「社内で頑張るより転職した方が収入が上がる」という年収バグ現象が実際に起きていると考えられます。
エンジニア転職市場における年収推移と最新動向
年収バグが注目される背景には、市場全体の動向も関係しています。
まず、エンジニア全体の平均年収を見てみると、直近数年間で大きな上昇は見られません。転職サービスdodaの調査(2024年末時点)によれば、ITエンジニア職の平均年収は約462万円で、5年前と比べても大きな変動はないと報告されています。
これは業界全体としては安定した高水準を維持しているものの、年収の急激な底上げが起きているわけではないことを示唆しています。
しかし、細かな動きを見ると、この数年で転職時の給与交渉環境は大きく変化しました。例えば、IT人材バブルとも言われた2015~2022年頃までは、複数の企業が優秀なエンジニアを奪い合う中で現在の年収の1.25倍以上ものオファーが提示される例もあったといいます。
この状況が「転職した方が年収が上がる」という風潮を強めた面があります。
ところが2023年以降、市場はやや落ち着きを見せています。
景気変動や採用熱の沈静化により、以前ほど極端な高額提示は減少しました。現在では転職による年収アップ幅はせいぜい+50万円程度(約1割増)が相場で、場合によっては現職と同程度というケースも多くなっています。
特に、すでに前職で相場以上の待遇を得ている人は、転職しても年収据え置き、むしろ微減となる例も出てきています。
一方で、依然として多くのエンジニアが転職で収入増を実現しているのも事実です。つまり、市場全体の高騰は落ち着いたとはいえ、スキルや経験次第では依然高い確率で転職による年収アップが望める状況と言えます。
以上の動向から、エンジニア転職市場の年収推移は「全体平均は安定的だが、個人レベルでは好条件提示のチャンスがある」という構図です。
景気や企業動向によって上下しうるため、常に最新情報を収集しながら、自分の市場価値を把握しておくことが大切です。
参考:平均年収ランキング(平均年収/生涯賃金)【最新版】|doda
転職で年収アップしたエンジニアたちの実態と成功事例
では、実際に転職を通じて年収アップを果たしたエンジニアにはどのようなケースがあるのでしょうか。データと具体的な事例の両面から、年収アップの実態を見てみます。
データで見る転職による年収アップの実態
複数の調査結果は、エンジニアが転職によって収入増を得る傾向を裏付けています。IT転職サイトForkwellのデータ分析によると、25歳以上のエンジニアでは転職回数が多いほど平均年収も高くなるという結果が出ています。
参考:あなたは上位何%?ITエンジニアの年収分布まとめ【データベース完全公開】|ForkwellPress
例えば30歳時点で転職0回の平均年収が528万円に対し、転職を4回以上経験している場合は平均686万円と大きな差が見られました。
もちろん個人差はありますが、概ね経験を積んだエンジニアほど転職を重ねて年収を伸ばしていることが読み取れます。
また、公的機関の調査でも似た傾向が報告されています。独立行政法人IPAの「IT人材白書2020」によれば、先端IT人材(高度ITスキルを持つ人材)の68.7%が転職によって5%以上の昇給を経験しています。

参考:IT人材白書図表3-4-12先端IT従事者、先端IT非従事者の転職時の給与の増減
さらにそのうち約18.8%もの人が20%以上の大幅昇給を果たしており、転職で年収バグを起こしている人が相当数存在することが分かります。
つまり約7割近い先端エンジニアが転職で収入アップを実現しているという実態があるのです。
転職で年収アップを狙う際の注意点とリスク
転職による年収アップには大きな魅力がありますが、その一方で注意すべき点やリスクも存在します。
安易に「転職すれば年収が上がる」と信じ込むのは危険です。ここでは、年収アップ転職の落とし穴になり得るポイントを整理します。
誰もが年収バグを起こせるわけではない
年収バグが話題とはいえ、転職すれば誰でも年収が上がるわけではありません。市場ニーズに見合わないスキルや経験の場合、転職によって収入が下がるリスクもあります。
実際、「転職したら給料が減ってしまい、これまでの経験値も活かせていない」(SEからPGに転職)という声や、「年収は少し下がったが、その分プライベートのゆとりができた」(SEからSEに転職)といった声も報告されています。
転職=年収増は必ずしもそうなるわけではないことを肝に銘じましょう。
市場環境の変化リスク
前述のように、2022年頃までは多くのエンジニアが転職によって大幅昇給を果たしましたが、現在では状況が変わりつつあります。
景気後退や採用トレンドの変化により、企業側が提示する条件が渋くなる可能性があります。特に直近でエンジニア採用マーケットのバブルが弾けたとの指摘もあり、以前ほど簡単には年収アップが望めない局面も出てきています。
自分が転職を考えるタイミングで市場がどうなっているかを見極めずに動くと、「思ったように年収が上がらない」という事態になりかねません。
高年収の裏にある期待と負荷
大きな年収アップを伴う転職には、それ相応の期待やプレッシャーが伴う点にも注意が必要です。
例えば、相場より高い年収で採用された場合、企業は採用者に対し幅広い役割や高い成果を求める傾向があります。
求人によっては「エンジニアリングだけでなくマネジメントや営業も担ってほしい」など、エンジニア以外のスキルを要求されることもあります。
高年収に釣られて入社したものの過重な責任にバーンアウトしてしまっては本末転倒です。提示年収の高さの背景にある期待値も含めて、引き受けられる範囲か慎重に判断しましょう。
転職回数の多さによる信用リスク
IT業界では転職回数の多さに対して比較的寛容とはいえ、極端なジョブホッピングは企業によって敬遠される場合もあります。
短期間で職場を点々としていると、「またすぐ辞めてしまうのでは」と見られ、選考で不利になる可能性があるためです。
年収アップを狙うあまり短期間で繰り返し転職するのはリスクが高いため、在籍年数やプロジェクトでの実績も考慮して計画的にキャリアを積むことが重要です。
年収以外の要素とのトレードオフ
転職先を選ぶ際、年収だけで判断するのは危険です。仕事内容や技術スタック、勤務地や働き方(リモート可否)、社風やワークライフバランスなど、総合的な満足度を左右する要因は他にもあります。
年収が上がっても、やりたくない仕事だったり激務で健康を崩したりしては意味がありません。また年収以外の要素(例えば離職率や社内環境、福利厚生)などもチェックしましょう。
場合によっては、年収より柔軟な働き方や時間的ゆとりを優先する方が長期的な幸福度は高まるでしょう。
年収アップを踏まえたエンジニアの今後のキャリア戦略
ここまで見てきたように、エンジニアが転職で年収アップを実現するにはスキルと戦略が鍵となります。
では、今後のキャリアを考える上で具体的に何を意識すべきでしょうか。年収バグ現象と付き合いながら、自身のキャリアを賢く設計するためのポイントを整理します。
1.定期的なスキルの棚卸しとアップデート
年収バグを味方につけるには、まず自分自身が市場に必要とされる人材でなければなりません。
ただ闇雲に転職するのではなく、今の自分のスキルセットを定期的に棚卸しし、足りない部分は補強する努力を続けましょう。
新しい技術習得や資格取得、成果物のポートフォリオ化など、市場価値を高める自己研鑽を怠らないことが、将来的な高年収オファーへの近道です。
2.自分の市場価値を把握する
自分の経験やスキルが現在の転職市場でどの程度評価されるのか、常に意識しておきましょう。
求人情報サイトで類似経験の募集要項や想定年収を調べたり、転職エージェントに相談してフィードバックを得たりすると、自分の市場価値がおおよそ見えてきます。
必要に応じてOffersの年収診断サービス等を活用し、客観的な指標で自分の価値を確認するのも有効です。

時給・年収診断|Offers「オファーズ」 - エンジニア・デザイナーのための副業・転職の採用サービス
市場価値を把握しておけば、今転職すべきか否か、するとしたらどの程度の年収アップが見込めるかの判断材料になります。
3.キャリアビジョンと年収目標のバランスを取る
短期的な年収アップと長期的なキャリアビジョンが相反する場合、慎重な判断が必要です。
将来的に目指したいキャリア(例えばマネジメント志向か専門特化か)によって、選ぶべき道は変わります。
目先の年収アップだけでなく、5年後・10年後の自分がどうありたいかを描き、そのビジョンに沿った転職であれば年収アップも長続きする成果となるでしょう。逆にビジョンに反する高年収ポジションは長く続かず、結果的に遠回りになるリスクがあります。
4.複数のキャリア戦略オプションを検討する
キャリアアップ=転職だけではありません。副業やフリーランスへの挑戦も視野に入れてみましょう。
例えば現職を続けながら副業で収入を増やしたり、新たなスキルを副業で身につけてから満を持して転職したりするのもひとつの戦略です。
最近では副業解禁の企業も増え、フリーランスエンジニアとして高収入を得る道も開けています。柔軟な働き方を志向するエンジニアにとって、副業・フリーランスは収入と自由度を両立できるキャリア戦略の一つと言えます。
転職だけに固執せず、自分に合った働き方で年収アップを図る発想も大切です。
5.タイミングを見極め、準備を怠らない
最後に、転職のタイミングは非常に重要です。自分の市場価値が高まったタイミング(大きなプロジェクト成功や希少スキル習得直後など)や、市場が売り手市場に傾いている時期はチャンスと言えます。
一方で景気が悪い時期や自分の実績が十分でない段階で動くと、満足のいくオファーを得にくいでしょう。日頃から履歴書や職務経歴書をアップデートし、いざという時すぐに動けるよう準備しておくことも欠かせません。
チャンスは突然巡ってくることもあるため、その波に乗れるよう備えておきましょう。
年収バグの現実を踏まえ賢くキャリアを設計しよう
エンジニアの「年収バグ」現象は確かに存在し、データや事例からも転職による年収アップが多くの人に起きていることがわかりました。
スキルの高い人材ほど転職市場で高い評価を受け、同じ会社に留まっているだけでは得られないような大幅昇給を実現できる可能性があります。
自分の市場価値を最大化するうえで、転職という選択肢は強力な武器になるでしょう。
しかし一方で、それは「転職さえすれば魔法のように年収が上がる」ことを意味するわけではありません。
OffersMagazineの読者である皆さんは、きっと自由な働き方や自身の成長にも強い関心をお持ちでしょう。
ぜひ年収アップの可能性も視野に入れつつ、自分が望むキャリア像を明確にしてください。その上で、必要なスキルを磨き、タイミングを見計らい、転職・副業・現職での昇進など最適な手段を選択していきましょう。
そうすれば、「年収バグ」に振り回されるのではなく、自らの手でキャリアと報酬をコントロールしていくことができるはずです。
自分の市場価値を定期的に確認しつつ、賢いキャリア戦略で理想の働き方と年収を実現してください。それこそが、変化の激しいエンジニア転職市場を生き抜く最善のアプローチと言えるでしょう。